花を買って帰るだけで、少し気分が変わる。まだいけてもいないのに、もううれしい。こういう単純さ、けっこう大事だよね。

でも、いざ花瓶の前に立つと迷う。どこを切ればいいのか。どの向きがきれいなのか。葉っぱは取るのか、残すのか。急に分からなくなる。さっきまで元気だったのに、花の前で固まる。あるあるだと思う。

華道というと、上手にいけなければいけない気がする。でも、花をいける楽しさは、完成度だけにあるわけではない。むしろ、迷っている時間にあるのかもしれない。

一本切る。少し短すぎたかも、と焦る。角度を変える。あ、こっちのほうがいいかも。もう一本足す。今度は重い。じゃあ抜いてみる。そんな小さなやり直しの中で、だんだん花との距離が近くなる。

花は、こちらの予定通りにはならない。枝は思った方向に曲がってくれないし、花の顔も全部こっちを向いてくれるわけではない。そこが少し困る。でも、そこが楽しい。相手がいる感じがするから。

日本いけばな芸術協会は、いけばなを日本の代表的な伝統文化の一つとして紹介している。たしかに華道には長い歴史がある。でも初心者にとっての入口は、もっと素朴でいいと思う。今日の花、かわいい。ちょっと置いてみたい。まずはそれで十分じゃないかな。

部屋に花をいけると、部屋が変わる。けれど、それより先に自分の目が変わる気がする。道端の枝、スーパーの花束、季節の葉っぱ。今まで背景だったものが、急に材料に見えてくる。これ、いけたら面白いかも、なんて考えてしまう。

上手にできない日もある。というか、最初はたぶん上手にできない。でも、少し傾いた花にも、その日の自分が出る。疲れていたのかな。元気だったのかな。思い切りがなかったな。花って、けっこう正直だ。

花をいける時間は、派手ではない。静かで、手元だけを見ていて、たまに水の音がするくらい。でも、その静けさがいい。スマホを置いて、枝を見て、少し考える。あれ、今けっこう集中してたかも、とあとで気づく。

華道の楽しさは、完璧な作品を作ることではなく、花と一緒に迷うことにあると思う。迷って、切って、置いて、また迷う。そうしているうちに、部屋より先に自分の気持ちが少し整う。うん、それだけで今日は十分かもしれない。